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舞鶴の近代化遺産(姿を消した近代化遺産)

[2016年3月4日]

ID:316

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旧舞鶴海軍兵器廠水雷庫・大砲庫の写真

(左)旧舞鶴海軍兵器廠水雷庫
・所在地 浜
・構造 鉄骨れんが造2階建
・建築年代 明治36年
(右)旧舞鶴海軍兵器廠大砲庫
・所在地 北吸
・構造 鉄骨造平家建一部2階建
・建築年代 明治36年
水雷庫と大砲庫は、赤れんが博物館建物(魚形水雷庫)と同時に建てられた鉄骨構造の倉庫で、水雷庫は昭和40年代後半に、大砲庫は東体育館のトレーニング場として使用されていたが平成4年に取り壊された。

旧舞鶴水雷団二号水雷庫の写真

旧舞鶴水雷団二号水雷庫
・所在地 浜
・構造 れんが造平家建一部鉄骨れんが造平家建
・建築年代 明治34年
明治33年(1900)、鎮守府の開庁に先立ち舞鶴水雷団が設置され、二号水雷庫は格納庫等として建てられた。昭和62年前島埠頭の埋め立て工事により、取り壊された。

旧道芝トンネルの写真

旧道芝トンネル
・所在地 北吸、余部上
・構造 れんが造
・建築年代 明治35年
旧道芝トンネルは、鎮守府を中心とした市街地道路整備のため、京都府が3年がかりで掘り、明治35年(1902)に開通させたもので、当時軍の施設内を通行できなかった市民にとって、東西を結ぶ唯一の幹線道路であった。
しかし、老朽化や通行量の増加により、平成6年の拡張工事によって取り壊され、旧来のれんが造りのトンネルに改装された。

高野川可動橋の写真

高野川可動橋(旧国鉄舞鶴港線住吉鉄橋)
・所在地 魚屋、松陰
・構造 鉄骨造
・建築年代 昭和10年代
西港に注ぐ高野川河口にあった高野川可動橋は、旧海軍が軍需物資の輸送を目的に、昭和10年代(国鉄清算事業団福知山鉄道管理局の台帳では昭和19年3月)に、古い橋の材料を転用して架設されたものである。
戦後は、旧国鉄に引き継がれ、木材や石炭などの運搬を支えていた。
全長は約42mで、橋げたの中央部分(長さ約14m)を上下させて船を航行させる仕組みで、全国でも数少ない鉄道橋であったが、平成3年に解体撤去された。

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