あしあと
舞鶴引揚記念館では、10月31日(土)からシベリア抑留体験者である宮地健三氏が、抑留から帰還した昭和23年(1948)の帰郷直後に自身の抑留体験を描いた体験記録画の展示をおこないます。
宮地氏の抑留体験記録画は、故郷の高知県へ帰郷後に記憶が鮮明なうちに描かれ、絵画には、解説文もあることから記録性が高く貴重な資料といえます。労働など厳しい抑留の様子だけでなく、現地の女性たちの様子や収容所での暮らしを多面的に描いており、歴史資料としての価値が高いものになります。
令和8年10月31日(土)〜令和9年1月17日(日)
※展示期間中の休館日:毎週水曜日、年末年始
舞鶴引揚記念館 企画絵画展示室
(企画展は無料。別途入館料が必要です。)
種別:抑留体験記録画
点数:47点
サイズ:縦13.5cm 横18cm




| 大正14年 (1925) | 10月10日高知県高岡郡窪川町(現四万十町)生まれ |
| 昭和18年 (1943) | 高知工業学校(現高知工業高校)化学科を卒業 |
| 同年 | 南満州鉄道株式会社 入社 |
| 昭和19年 (1944) | 満州にて関東軍歩兵第241連隊に入隊。幹部候補生として ハルビンの関東軍技術教育隊に分遣される。 |
| 昭和20年 (1945) | シベリア東部のテルマ地区やイズベストゴーワヤ地区に抑留 |
| 昭和23年 (1948) | 5月28日山澄丸で舞鶴に帰還。 帰郷後すぐに『シベリヤ抑留三年の思出』と題して 体験画を描く。帰還後、窪川町役場に就職。 |
| 平成30年 (2018) | 12月30日逝去 93歳 |
今回ご縁があり、父・宮地健三のシベリア抑留についての絵の展示をしていただけることを大変嬉しく思います。公務員だった父は趣味が多彩で、版画、切り絵、水墨画等の作品をたくさん作っていました。幼い時から絵が上手だったようです。
シベリアから復員後、母と結婚し、子ども二人に恵まれました。その一人が私です。父は私にはとても優しく、孫も大変可愛がってくれました。日頃は口数は多くありませんが、お客の席(宴会)ではお酒が入ると大変陽気になり、歌ったり踊ったりする人でした。晩年は介護施設に入所し、そこでも切り絵や塗り絵をし、その緻密さに職員の人が驚いていました。亡くなるまでずっと芸術を愛し、作品を作り続けていました。
今思い起こせば、父からは戦争やシベリア抑留の話は詳しく聞いた記憶がありません。きっと心に封印していたのだろうと思います。母伝いに復員した父と出会った頃の話やシベリア抑留の話等は少し聞かせてもらいました。このシベリア抑留の父の絵の存在を知ったのは、今から10年ほど前でした。家のリフォームの片付けで父の書斎の本棚の戦争記録集の中にありました。知人に見せると、「緻密に描かれて、その当時の様子がよく分かる」と資料としての価値を評価してもらいました。
父の残してくれた絵の展示が行われることになり、大変感慨深いです。多くの人に当時のシベリア抑留された人たちの様子を知ってもらえるよい機会になればと思います。
今世界では、戦争や紛争が絶え間なく起こっています。今までずっと平和を維持してきた日本。二度と戦争をしてはいけない。この父の絵がそのメッセージになればと願っています。
2026年 宮地 健三 娘

△チラシ表面

△チラシ裏面
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